ジェンダー格差は男性にとって生き死にの問題である。男性が社会から期待されるジェンダーロールは、男性を過酷な環境に追いやり、男性の命を危険にさらしている。この記事では、男性の生命に関わるジェンダー差別についての各種統計データを紹介することで、現実の姿をあぶり出す。女性差別が存在するのと同じように、男性差別もまた存在し、それはデータに表れているのだ。
この記事の目次
男性差別の存在を認識するために
差別の解消に向けた出発点は、男女の平等が達成されていないという現状を認識することだ。私たちは性差別についての啓蒙を受け、社会の中で女性が不利に扱われている多くの事柄、たとえば賃金や社会的地位の獲得に格差があり、女性が差別を受けていることを認識できるようになった。
しかし男性が不利に扱われている多くの事柄については認識されていないか、認識されていたとしてもそれが男性差別であるとはみなされていない。女性差別が存在するのと同様に、男性差別もまた存在する。それを認識することが、男性差別を解消する出発点になる。
統計で見る生命の格差と男性差別
この記事で取り上げるのは生命の格差だけである。生命の問題は人権の根本であり、最重要の課題だからだ。ジェンダー格差は男性にとって生き死にの問題である。男性の生きる権利がどのような状況にあるのか、その現実をまずは見つめたい。
とはいえ、男性の命を軽視することは、私たちの社会に当然の習慣として深く根付いている。このため以下のそれぞれの情報を見ても、それは普通のことであって差別ではないと感じる人も多いだろう。筆者も初めはそうだった。そもそも男性差別などないと思い込んでいるのだ。
そこで、以下のそれぞれの情報を見るとき「もしこの数値が男女逆だったら女性差別だと感じるかどうか」と確認しながら見るようにしてほしい。私たちは男性差別を意識しない反面、女性差別には敏感だ。もし男女の数値が逆だったら、と考えることで、あなたは正常な感覚を取り戻すことができる。
自殺者数
自殺による男性の死者数は女性の2倍である[1]。この数字は、男性は女性よりも自殺しやすい過酷な状況におかれていることを示している。その裏側にはジェンダーロールによる抑圧や、それを許容する差別が社会に存在していると考えるのが自然だろう。
過労死者数
過労死による男性の死者数は女性の11.5倍である[2]。この数字は、男性は女性よりも過労死しやすい過酷な状況におかれていることを示している。稼得役割というジェンダーロールによる抑圧の存在や、それを許容する差別が社会に存在していることの証左だろう。
労災事故死者数
労災事故による男性の死者数は女性の24倍である[3]。この数字が示しているのは、事故死が起こるような危険な仕事には女性よりも男性が圧倒的に多く就いていることだ。その裏側には、稼得役割というジェンダーロールによる抑圧や、それを許容する差別が社会に存在していると考えるのが自然だろう。
犯罪被害死傷者数
刑法犯の被害に遭って死傷する男性の数は女性の1.7倍である[4]。この数字は、男性は女性よりも犯罪被害に遭いやすい状況におかれていることを示している。その裏側には、危険を引き受けたり自分の身を盾にして誰かを守るというジェンダーロールによる抑圧の影響は大きいだろう。
交通事故死者数
交通事故による男性の死者数は女性の2倍である[5]。この数字は、男性は女性よりも死亡につながる交通事故に遭いやすい状況におかれていることを示している。配送や営業や道路工事など、道路上での仕事に就くのが男性に偏っていることと無関係ではないだろう。
行方不明者数
失踪や蒸発などで警察に行方不明者届が出された男性の数は女性の1.75倍である[6]。この数字は、男性は女性よりも失踪や蒸発につながりやすい過酷な状況におかれていることを示している。
ホームレス数
ホームレス男性数はホームレス女性数の18.5倍である[7]。この数字は、男性は女性よりもホームレスになりやすく、ホームレスに転落すると自立しにくい過酷な状況におかれていることを示している。セーフティーネットや教育や訓練などの支援に男性差別があるとも読み取れる。
老衰死者数
老衰で亡くなるまで生き延びた男性の数は女性の1/4にとどまる[8]。この数字は、男性は女性よりも病気や怪我を原因として死亡しやすい状況におかれていることを示している。この状況は、病気や怪我につながる過酷な労働が男性により多く押しつけられている事実と無関係ではないはずだ。
平均寿命
男性の平均寿命は女性よりも6.1年短い[9]。割合でいうと9.3%であり、1割に迫る差だ。1950年には3.5歳だった男女の寿命格差は、2020年時点で6.1歳まで広がった。この期間に、男性の寿命は1.4倍になり、女性の寿命は1.43倍になった。しかし男女の寿命格差の伸び率は1.74倍と、それらを上回っている。
現状を認識し社会システムそのものを疑う
もしここまで挙げてきたデータの男女が逆で、使い捨てられているのが女性の命だった場合でも、それは当然のことで差別ではない、と思うだろうか? 私にはそうは思えない。この社会には命の男性差別がある。そしてその事実について、私たち全員が見て見ぬ振りをし、社会全体で許容している。
まずは男性差別の存在を認識するところから始めよう。男性差別は存在し、男性自身を含む社会全体に組み込まれている。男性を抑圧しているのは、誰か特定の悪者でもなければ、女性でもなく、男性自身も含んだ社会システム全体だ。特定の個人やグループを標的に攻撃しても意味がない。
現在の社会システム全体が男性の命を軽視していて、システム正当化バイアス[10]がそれを強固にしている。しかし男性にも、健康で幸せに生きる権利はあるはずだ。
現状を認識することで、社会システムに不平等が組み込まれていることを疑えるようになる。そして、そのシステムに取り込まれている自分自身を疑うことができるようになる。それが、自分自身への抑圧をなくし、自分の命を自分で大切にする第一歩だと筆者は考える。
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脚注
↑1 | 警察庁「令和2年中における自殺の状況」(PDF) |
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↑2 | 厚生労働省「令和2年度過労死等の労災補償状況」 |
↑3 | 経済学論纂(中央大学)第59巻第5・6合併号(2019年3月)「労働災害・職業病・安全衛生とジェンダー」石井まこと(PDF)から孫引き。元データは厚生労働省「労働者死傷病報告」と、総務省「労働力調査」とのこと。 |
↑4 | 警察庁「令和元年版 犯罪被害者白書」 |
↑5 | 公益財団法人交通事故総合分析センター「交通事故統計年報 平成30年版」 |
↑6 | 警察庁生活安全局生活安全企画課「令和2年における行方不明者の状況」 |
↑7 | 厚生労働省「ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)」2021 |
↑8 | 厚生労働省「令和2年(2020)人口動態統計(確定数)」 |
↑9 | 厚生労働省「令和2年簡易生命表」 |
↑10 | システム正当化バイアスとは、現行の社会システムを「それが現にそこにあるから」という理由で公正で自然なものであるとみなすことをいう。人間は本質的に現状維持を指向し、いまあるものを正しいとみなしがちだ。この記事で言えば、私たちは「男性の命の価値が低く扱われるのは、実際に価値が低いことを示していて、したがってこれまで通り男性の命を軽視することは妥当で自然で正常で正しいものだ」と考えがちだということだ。 |